Perspectives
A Dialogue with Lloyd Kahn
Perspectives — A Dialogue with Lloyd Kahn

Photo:Yuto Kudo

ものをつくる。

それは、頭の中だけでは完結しない営みです。

AIが進化を遂げ、どれだけ精度の高いビジュアルがいとも簡単に生成されるようになったとしても、触れて、感じて、試して、またやり直して——そうして自分の手でかたちにすることの価値は、決して薄れることはありません。

NICENESSのものづくりは、一つひとつ、手を動かし、形にしてきました。そんな私たちが、長く影響を受け続けているもののひとつに、1960年代末のアメリカ西海岸で生まれた 「Whole Earth Catalog」があります。それはものを売るためのカタログではなく、誰もが自分の手で、自由に、しなやかに、何かをはじめるためのきっかけを届ける本。昨秋、「Whole Earth Catalog」創刊に深く関わり、今もなお発信を続けている 「Lloyd Kahn」氏を訪ねて、サンフランシスコへ向かいました。

自分の手で、できることから始めるというシンプルだけれど強い信念を、家づくりや出版を通して、今もなお実践し続けています。そして何より、枠にとらわれずに自由に楽しむ軽やかさ。NICENESSが大切にしてきた手触りのあるものづくり と、自由なまなざし。Lloydの姿と言葉には、たくさんの学びがありました。

NN:あなたの仕事の中で、最も大切だと考える原則や哲学は何でしょうか?

Lloyd:そうですね、私の原則は何をすべきかわからない時でも手を動かしてとにかく始めることです。進みながら道を見つけていけばいい。すべてが整うのを待つのではなく、ただ始めること。私は建築をそうやって始めたんです。そして、進みながら必要なことを学んでいきました。それからもうひとつの原則は、自分でできることは自分でやる、ということです。一人で家を建てることは出来ないかもしれません。でも、自分のアパートをリフォームすることはできるかもしれない。ニューヨークの非常階段でパセリを育てることだってできる。自分にできることは何でも、自分でやってみることです。

NN:あなたにとって「価値」とは、どのようなものでしょうか?

Lloyd:価値とは本物であることです。そして、本物というのは稀少なものなんです。今の時代、人々は本物を切望しています。世の中には人工的なものが溢れ、ネット上には誤解を招くような情報や間違った情報が山ほどある。だからこそ、人々は心から正直で、偽りのない人やモノを求めているんです。価値についての正確な定義は難しいかもしれませんが、このデジタルの時代に、人々が本物を求めているというのは明らかだと思います。

NN:あなたの活動や仕事にユニークさをもたらしている要素は何だとお考えですか?

Lloyd:そうですね、好奇心が大きな部分を占めていると思います。私は今でもInstagramやSubstackで色々な発見を情報として発信していますが、その原動力になっているのは好奇心なんです。ぜひ私のSubstackも見てみてください。ユニークさという点では、今の時代に、この手を使って物を作るということでしょうか。みんなコンピューターに夢中になっていますが、家を建てるのにコンピューターだけではダメなんです。結局は、自分の手と、金槌と、のこぎりが必要なんです。時には電動のこぎりや釘打ち機を使うこともありますよ。でも、それでも物を作るというのは体を使う仕事なんです。私はそれが好きなんです。世の中には、やっぱり昔ながらのやり方でしかできないことがあるんですよ。

NN:これからの展望を教えてください。今、取り組んでいる夢や目標はありますか?

Lloyd:まずは、もっと体調を整えたいですね。ここ数年、個人的な悲しい出来事があって、体の調子を崩してしまったんです。だから今は、もう一度健康な体を取り戻すことに力を入れています。大きな目標の一つは、90歳になった自分のスケートボード姿を動画に残すことです。ロサンゼルスのスケートボード会社から新しいボードをもらったんですよ。間も無く90歳を迎えるので、その時に撮影しようと思っています。それまでの間に、暖かい場所、たぶんニカラグアあたりに行って、ブギーボード(波乗り用の短い板)を楽しむ旅行も計画しています。最近は結構旅行をしていて、この半年で3回も出かけましたよ。

NN:日本に行ったことはありますか?

Lloyd:実際のところは、まだないんです。東京に一度立ち寄ったことはありますが、本当の意味で日本を経験したわけではありません。でも、私が本当に大切にしている本があるんです。日本の写真家、小松義夫さんの作品です。私たちは一緒に子供向けの本を作ったことがあって、彼が世界中の家々を撮影してくれました。今でも彼の作品をいくつか大切に持っていますし、出版社の方とは友人になりました。その本は『The Power of the Hut(小屋の力)』と言われていて、世界中の様々な場所にある家々を紹介しています。写真やスケッチで、それぞれの家の内部まで見せてくれるんです。私の大好きな本の一つです。

NN:これからの世代に伝えたい文化や価値観はありますか?

Lloyd:私は50年前に建築の本の出版を始めました。世界で見つけた面白いものを、みんなと分かち合いたかったんです。私はずっとコミュニケーターでしたね。それは今でも、私のすることの核心なんです。長年の間に、昔ながらの方法である出版という方法から、InstagramやSubstackといったプラットフォームで文章を書いて伝える方法へと移り変わってきました。でも、私の使命は昔も今も変わらないんです。それは、人々と想いやアイデアを分かち合うことです。このデジタルの時代、私はよくデジタルとアナログの違いについて考えます。デジタルは0か1か、白か黒かです。でも、アナログには微妙なニュアンスや、その間の空間が存在する。音楽で例えると―フレット付きのギターは音が固定されていますが、バイオリンにはフレットがない。音と音の間を流れるような動き、その繊細さや不完全さの中に美しさがあるんです。

Lloyd:人生もアートも同じだと思います。完成品だけが大事なんじゃない。その間の瞬間―ニュアンスや不完全さ―が、深みと意味を与えてくれる。キース・リチャーズも自叙伝で、ローリング・ストーンズについて語る時に触れていますが、音と音の間の微妙な空間が、音楽に命を吹き込むんです。

同じように、私は若い世代―ミレニアル世代や30代の人たち―に話すのですが、彼らは私たちがやってきたことの価値を理解してくれているようです。今は60年代や70年代に比べて、住むところを見つけるのが本当に難しくなっています。あの頃は月300ドルで生活ができて、家も建てられました。

今の若い人たちには、こんなアドバイスをしたいですね。少し寂れた地域で、傷んだ家を探してみてはどうでしょう。基礎がしっかりしていて、たとえ家は手入れが必要でも、水道も電気も下水道もすでにある。自分たちで少しずつ直していける。カリフォルニアでは今、規制が厳しくて費用もかかりすぎるので自分で家を建てるのは難しいですが、これは一つの選択肢になると思います。

Lloyd Kahn ロイド・カーン

Lloyd Kahnは『Whole Earth Catalog』の創刊に携わった後、自身の出版社「Shelter Publications」を設立。セルフビルド住宅や自給自足など、自然と共に暮らすための書籍を数多く手がけてきた。現在はカリフォルニア州ボリナス在住。
www.lloydkahn.com