Perspectives
A Dialogue with Keisuke Tominaga, Yamasei
Perspectives — A Dialogue with Keisuke Tominaga,Yamasei

Photo:Yuto Kudo

長野県、松本市の静かな住宅街の一角に佇む、うなぎ屋「山勢」。

暖簾をくぐると、香ばしい匂いと穏やかな空気が流れてくる。その空間をつくるのが、トミさんこと富永佳介氏だ。もともとは家具職人を志して移り住んだ地で、飲食を生業としながら根を張っている。

「変わること」と「積み重ねること」。一見、相反するように見えるこのふたつを、大切にしながら、私たちはものづくりを続けています。変わらないことだけが本物をつくるわけじゃない。いろんな人と関わり、時間を重ねながら変わり続けることこそが、本物への道になることもある。

「今が完璧ではない。」そう語るトミさんは、常に自分自身を更新し続ける人。俯瞰でものごとを見つめ、必要に応じて変化を受け入れる。それは決して「芯がない」ということではありません。試行錯誤の中で変わり続け、人との交わりの中で積み重ねてきた時間だけが持つ、確かな重みを知っている人です。

私たちもまた、目の前の一着に、積み重ねてきた時間と手ざわりを込めるように、日々、ものづくりを続けてきました。決めすぎないこと。縛られすぎないこと。でも、手を抜かないこと。その先に、本当に残っていくものがあると私たちは思っています。変わり続けるために、積み重ね続ける。時代を超えて残る本ものを追い求めて、これからもまた、手を動かしていく。

トミさんとの対話は、そんな私たちのあるべき姿勢を、確かめさせてくれるものでした。

軽やかに変わりつづける

NN:まず、トミさんがご自身の活動において大事にしている価値観や原則について伺いたいです。

トミさん:うーん、「変わること」、「変われること」ですかね。変われないということはすごく嫌で。今が完璧だって思うのが一番嫌なんですよ。もちろん自分の世界観だったり、好きなものやこだわりはあるけど、それが絶対だとは思わない。たとえば飲食店でも、「うちはこういう店なんです」ってがっちり決めてるところが多いですよね。キャラが設定されていた方が分かりやすいし、そういうのも格好いいと思うんだけど、僕はなるべくニュートラルでいたい。必要と感じた時にすぐに変えられる、変われる軽やかさを常に持っていたい。そのためには、ユーモアがすごく大事だと思っています。

NN:ユーモア、ですか?

トミさん:はい。カチッと決めている人って、すごく真面目で硬い。でも、それだとなんか面白くない。たまに変なことを言って、煙に巻く。そうやってバランスを取ってる感じです(笑)。

NN:いまは接客業をされていますが、もともと人との関わりは苦手だったそうですね。

トミさん:それこそ高校生の頃って、自分のキャラを探すのに必死になったりするじゃないですか。キャラがはっきりしていた方がグループに属しやすいというか。でもその頃からそういうのがあんまり得意じゃなくて全然馴染めなかった。友達もほとんどいなかったですね。それこそ20代の頃とかは人と交わらなくてもいいや、なんて考えだったんです。でも修業させてもらったうなぎ屋の親方との出会いが変わるきっかけでしたね。親方はとにかくストイックな人で、料理だけじゃなくて「いかに人を喜ばせるか」を徹底的に考える人だったんですよ。最初はその価値観がわからなかったけど、次第に「あ、これはすごいな」って。

NN:人を喜ばせることの喜びに気づいた?

トミさん:そう。それまでは「自分がやりたいことをやる」「伝わらなければそれでいい」って感じだったけど、誰かが喜ぶことって、すごくシンプルで強いんですよ。そこに合わせるなら、自分の信念なんてすぐ曲げてもいいって思えるようになりました。自分で店をやるようになってから、より強く人との関わりをどう持つか、どうしたら喜んでもらえるかっていうのを考えるようになったんですよね。

やりたくないことから始まったうなぎ屋

NN:飲食業に入る前は、家具職人を志して松本に来たんですよね。

トミさん:そう。松本民芸家具の職人に憧れてました。ものづくりをして、誰とも喋らずに生きられると思って(笑)。当時はものとは向き合いたいけど、人とは向き合いたくなかった。一日中、黙々とものづくりをして生きていく、そんな職人になりたいなって。でも私生活で色々とあって、東京に引っ越すことになったんだけど、仕事は決まってなかったんだよね。それで、ふらふら街を歩いてたら偶然見つけたうなぎ屋が求人を出してて。それで門を叩いて、見たんだよね。

NN:料理の経験はあったんですか?

トミさん:まったくないです。バイト経験もなかった。でも料理自体は好きで、母親が料理上手だったから、食べるのも作るのも好きだったんですよね。その時に 28歳とかだったんだけど、若くして始めるわけじゃないから色々と覚えることがありそうな和食や寿司はハードルが高く感じて。「うなぎなら開ければいいかな」って軽い気持ちで(笑)。あとはうなぎ屋は寿司屋と違ってお客さんとカウンター越しに喋らなくても良さそうだなって。

NN:軽いですね(笑)

トミさん:でも実際は全然違った。人と交わろうとしない僕は、本当によく怒られた。親方がとにかくストイックに、お客さんを楽しませることばかり考えてる。家具職人みたいに黙々とうなぎを開いて、焼いていればいいと思ってたから面食らって。でも親方が僕と向き合ってくれたから、自分の考え方も変わっていって。若い時はもっと変わることに柔軟だったりするじゃないですか。ここで人と向き合うことを学びましたね。この経験がなかったら今こうして自分の店を持つこともなかったと思います。

独自性は狙って出すものじゃない

NN:「独自性」についてどう考えていますか?

トミさん:独自性を意識してあえて出そうとはしてないですね。むしろ、常識とか「みんなこうするよね」に寄せないようにしてる。世の中の人たちの当たり前に違和感を覚えることってあるじゃないですか。ダメとされていることがなぜダメなのか。自分の面白いと世間とのずれ、そこが独自性ってことになるんだと思う。例えばうなぎの焼き方一つとっても、僕は親方からは焼き方は教わってないから自分で試行錯誤するしかなかった。結果としてそれが独自な焼き方に繋がっていて、他の店よりもかなり焼きが強めだけど、中はとろっとしてる。そのコントラストがすごく好きなんです。うなぎだけじゃないけど、ものでも何でも僕はコントラストのあるものに惹かれる。

NN:コントラスト、というのは?

トミさん:うなぎで言えば、焦げてるところとふわっとした部分の落差。見た目や食感のギャップがあるほうが、食べてて楽しい。どっちかだけでは成り立たないというか。いろんな差や、違いが一つのまとまりとして共存していることかな。それは人に対しても同じかもしれない。ちょっと変な人とか、珍妙な人が好きなんですよね。同じような思考の人たちばっかりよりも、いびつな人の集まりの方が魅力があるって思う。

積み重ねが本ものをつくる

NN:お店の発信や集客にはSNSも使いますか?

トミさん:やってみたけど、もういいかなって。色々と見たりもするけど、そこにある情報の信憑性が乏しいっていうか。偽ものとか嘘の情報のクオリティが高くなってるよね。あとはやっぱり今来てくれてる人たちが居心地よく過ごせる空間を作りたい。変に発信して人が増えたら、逆に本当に大事にしたい人が入りにくくなっちゃう。それは嫌かなぁ。

NN:たしかに今は「広げる」ことを目的にした意味合いが強いですよね。

トミさん:でも広げた先に、本当に意味があるのか?って思うんですよ。結局、喜ばせたいのは目の前の人だし、その人がまた誰かを連れてきてくれればいい。さっきの話に戻るけど、偽ものと本ものの違いって、圧倒的な時間の積み重ねとか、そこに関わった人の思いだったりとかなのかなぁ。例えば料理でも洋服でも人の目を引くための気を衒ったものってあるじゃないですか。でもそれって、ちょっと薄っぺらい感じがして。時代によって変わっていくんだけど、人の交わりと時間の積み重ねがあってはじめて本ものになるんじゃないかなって。

NN:将来的に、自分の仕事や価値観を誰かに受け継いでもらいたいと思いますか?

トミさん:うーん、「うなぎ屋を残したい」とは思ってないです。料理ってやっぱり食べたら無くなるものじゃないですか。どちらかというと、家具なのか絵なのか、物体として残るものを作りたい気持ちはずっとある。料理は一瞬でなくなるけど、ものは時間を超えて残る。それってやっぱりすごいよね。ものをつくることの良さって、手でされることじゃないかな。最近は庭を作るのがすごく楽しくて。自分の手を動かして手触り感のあるものをつくること、それが残っていくことに価値を感じるよね。だから将来的には、また何かを作りたいなって。家具かもしれないし、土いじりかもしれない。

楽しいことだけ

NN:トミさんの価値観はとても柔軟だけど、芯の部分はすごく一貫しているように思います。

トミさん:結局ね、「楽しいことだけしてたい」ってことに尽きますよ(笑)。めんどくさいこと、効率悪いこと、そういうのにこそ面白さがある。今の時代は効率化だって言ってみんなが簡単に済ませることを、あえて手間かけてやる。それが僕の楽しいなんです。それを一、二組みの仲のいい友人が食べに来てくれて、あとはものづくりするみたいな一日が過ごせたらいいよね。めんどくさいこと、ずっとやっていきたいですね。

Keisuke Tominaga  富永 佳介

大阪で生まれ育ち、美術大学を卒業後、家具職人を目指して信州・松本へ移住。その後アーティストを志すも挫折し、料理の世界へ進む。2017年、松本市にて「うなぎ すっぽん 山勢」を開業。“料理は誰かを喜ばせるためのもの”という想いを大切に、日々料理と向き合う。 2024年、地元の古代米の餅米との出会いをきっかけに、「餅屋 と亀」を立ち上げる。ちまきやおかきを通して、素朴で力強い味わいと、どこか懐かしい風景を届けている。
yamasei-unagi.jp / and-kame.com